MAYOHISU事象事件レポート
MAYOHISUが関わった事象・事件をお届け。(ノベル形式)
- 事例一 ハシダ←当頁
幽世と現世。 本来は隔絶されるべき次元同士。 しかし、時には隔たりに綻び生じて繋がることがあるという。 綻びからこちらには招かれざる存在、怪異が流れる事もあるそうだ。 また綻びは二つの次元が混ざり合った空間を作り、時折迷い込む人もいるらしい。 それは神隠しの一種なのかもしれない。 そこから帰還したという人の中には、こんな話をする者もいた。 迷い込んだ自身を助け、現世に送り返す存在がいると。 見たことのない力を使い、妖を撃退する者がいると。 事例一 ハシダ ここはどこだろうか。 辺り一面真っ白で、周りに建物が一切ない場所で一人の男が辺りを見回す。 くたびれたスーツを着た中年の男は、ふと、目の前に一人用のデスクチェアがある事に気づいた。 「どうぞ。お座りください」 どこからか声が聞こえる。落ち着いた男性の声に思える。 男は困惑した顔を見せつつも、促されるまま椅子に座った。 数メートル先だろうか。ぼんやりと眺めていると、目の前で人の背丈程の暗い空間が引き戸の様に開き、そこから一人の女性? が同じ椅子を押しながら出てきた。 白髪だが右目を前髪で隠した怪しいその人は、少し間を開けた所で椅子を置き、対面に座った。 「何もわからない、という感じでしょうね。いやいや、落ち着いてください。まあ、怪しい…でしょうが、私たちを信じてもらうしか……」 そう両手の指を自身の胸に当て、うんうんとうなずく白髪の者を見ても、男ははぁ、という反応をするしかなかった。 ハーフアップの肩まで伸びた髪、首から足まで未来的に見える赤いタイツの様なものに、黒の半そで上着を纏った出で立ちは、何かのコスプレであるのかと思えてしまう。 顔立ちも女性的という感じなのだが、その見た目に反して発せられる声は先程聞いたものと同じであっただけに、男が警戒を高めている事は容易に窺える。 「あ、あんたらは一体なんなんだ。さっきだって、見たことない変なのに追っかけまわされたのも!」 「お、落ち着いて下さい……その辺もお話しますから。私達はあなたを助ける為にここにいるのです」 スーツの男が立ち上がって興奮しているのを、白髪の者は若干怯えた様に見える表情で両手をあげて宥める。 いつの間にか、白髪の者以外に二名ほど両脇を挟む様に人が増えていた。一人は大柄、もう一人は小柄と、対称的な身長だ。 男が取り乱すのには理由がある。遡る程数分前、会社の仕事を終えて徒歩で帰宅中、気が付くと見慣れた路地裏だがいつもと雰囲気が違う、赤黒い薄暗がりに塗れた場所に迷い混んでしまっていた。 そこでは人の形を辛うじてしているが、どす黒く全身が溶けた様な姿をしたモノが何体もうろついていた。 しかもそれらは、男と目が合うと、呻き声をあげながら走って来たからである。 男はとにかく必死に逃げていたが、とうとうそれらに捕まってしまう。溶けたモノはさらに形を変化させ、まるで液体の様に男の全身にまとわりついた。 と、その瞬間。また気が付くと男はこの真っ白い空間にいたというわけである。 「先程は危なかったのですよ。いくら低俗な怨霊達とはいえ、私達が助けなければもう少しで……。でも、安心して下さい。落ち着いて、お茶をどうぞ」 大柄の女性が男の傍に近づき優しい口調と笑顔で話しながら、茶托に乗った湯呑を差し出す。中身は確かに熱々の緑茶に見えた。 男が緑茶からその女性に目を移す。肩下まで伸ばしたブロンドの長髪に、ワイシャツとニットベストにクロスタイ、スキニーパンツまでは普通の服装に見える。が、やはりインナーとして、白髪の者と似た、枯色の未来的タイツを着ているのは違和感を覚えた。 ように見えたが、それよりも彼女の豊満な胸と甘い香りに注意を向けている様に思える。 男は女性の胸を盗み見つつ、湯呑を受け取ると少し落ち着いた様に見えた。やはりこういう時はこの手もありかね、と白髪の者が思う。 「さあさ、おかけ下さいな」 女性に促されるまま、再度椅子に腰かける男。だが、再び疑念の目は白髪の者に向けられる。 「さて、なんと申したらよろしいでしょうか。ああ、お茶を置く場所が必要ですよね」 白髪の者が目の前の床に指をさすと、人一人くらいの幅でそこがゆっくりとせり上がり、ちょうど膝上位の高さ位で止まった。 男はそこに湯呑を置いた。一瞬、大柄の女性が飲まなかったせいなのか残念そうな表情を見せた様に思えた。 「んん。では、改めて。ようこそ、迷い人よ。私の事はエフとでも呼んでください。実はあなたは本来居てはいけない、あの世とこの世の間と申しましょうか、そんな場所に迷い込んでしまったのです」 自身をエフと名乗る白髪の者は、真剣な表情でそう切り出す。 「あの世? じゃあ俺は死んだのか?」 やや乱れた短髪を抱えながら、男が焦り始める。 「ややっ、あなたは生きています。大丈夫。先程あなたに纏わりついたのは、ああいいう場所で彷徨う怨霊達。ですが、確かに私達で除霊しました。それから、今いるここは少なくとも安全なのでご安心ください」 「そ、そうなのか。しかしなぜ俺はそんな所に」 男にそう質問されると、エフは視線を若干そらして遠くを見つめる。 「時折あるのです。幽世と現世の境界が曖昧になった空間が出来ることが。たまたまの場合もあれば……」 再び中年の男に目線を戻し、目を細めるエフ。 「または、何らかの要因で引き起こされることも……はい」 そういいながら、エフは前かがみで両指を合わせる。が、すぐに居直った。 「大丈夫です。私達はあなたの様な迷い人たちを元の場所に送り届けるのがお仕事でして。もちろんあなたの……ああ、まだ名前を伺っておりませんでした。あなたの事は何とお呼びすればよろしいのでしょうか」 「……俺はハシダだ。あんたらの事は信用できないが、信じて従うしかないんだろう?」 ハシダと名乗る男はあきらめの表情を見せ、軽くため息をついた。 乱れた短髪に生えはじめの無精ひげ、くたびれたスーツに中肉中背と、ハシダは少々だらしなく見える。とはいえ先刻襲われていたのだから余計にそう見えるのであろうが。 「ありがとうございます。はい、現状は私達でしかあなたを帰す事ができないので、信じてくださいとしか言えません。ええと、それでは早速動きたいのですが。ああ、こちらの女性はメルカと言います」 そう言いながらエフが大柄の女性に片手を向ける。それに呼応するかの様にメルカはハシダに対し軽く会釈をした。 「そして私の横にいるのは、クフィとお呼びください。私とこの二人であなたをお助けします。詳細は彼女から話しますね」 「ん、どうも」 やや小柄の女性が一言いいながら右手を軽くあげる。 緑髪のポニーテールにタートルネックのセーター、そしてキュロットという服装だが、やはりインナーには深緑の未来的タイツを身に着けている。さらに、白衣を羽織っているのが際立っている様に見えた。 「クフィといいます。よろしく。ええと、申し訳ないけどハシダさんは今、幽世と現世が混在してしまった異界に迷っている。ここまでは……?」 「ん、ああ……」 「あ、失礼。わかりにくいので図でも」 困惑しているハシダにクフィはそう言うと、彼女のすぐ横に映像が映し出された。空間に映像を表示させる機能など、明らかに現代にそぐわないものを見せられハシダはややおどろいた。 映像には、右に現世、左に幽世と書かれており、現世のバックにビル群が、幽世にゾンビや幽霊みたいなのがうろつく絵が絵が映し出されている。ただ、絵柄が小学生の落書きっぽくてややシュールである。 「幽世はいわゆる死後の世界と思ってくだされば。現世は君たちの世界だね。本来はこの二つは混じる事はないはずだが、たまに……」 映像の中央が歪んでまじりあい、そこに異界と書かれた文字が浮き出る。 「何らかの要因で一部同士がまじりあって異界が発生することがあるんだ。我々はこれらを元に戻すのと、迷い込んだ人を元の世界に戻すというお仕事をしているわけだ。ここまではいいかな?」 ハシダはひと先ずうなずくしかなかった。 「でー、実は我々は表には出てこれない生業だけに、それらに対処する力を持っているわけで。所謂未来的というか超心理的な力を、あなたを助ける間酷使します」 「お、おう…」 「まあ、空間にこんな映像を出力する光景を実際に見ている時点で、信じてもらうほか。とにかく、超常現象みたいな力を見ても驚かないでくださいね」 困惑する表情を隠せないハシダだが、ああ、とやはりうなずくしかできない。 「これから我々はハシダさんが先程いた異界を通り、現世に戻ってもらう必要がある。残念ながら方法はそれしかないです。なのであなたを護衛をしつつ、現世まで到達できる様に動きます。現世に戻れたら、あとは我々の管轄なので気にせずお帰りください。おーけい?」 「わかった。ところで、先程の二人はどこに?」 気が付くと、エフとメルカがいなくなっていた。……と思ったら、先程出てきた場所とはまた別の所に人一人通れるくらいの暗い空間が開き、そこから二人が出てきた。 「此方は準備が整いました。説明は終わりました、ハカセ?」 「ああ、一応終わったよ。ではハシダさん、こちらに」 クフィに促されるまま、先刻生じた暗い空間の前に移動をする一行。 「改めて、これから三人であなたをお守りしますが、ここを通ると、先程襲われた様な怨霊などがまた徘徊している場所に出ます。身の安全は保障します。覚悟はいいですか?」 「ああ。頼む」 エフの念押しに、ハシダは覚悟を決めて空間に入るのだった。 空間を通ると、ハシダが見慣れた場所に出た。いや、正確には、いつもと情景が違う部分が多々見られた。 確かに、帰宅の途中に通るビル街の路地裏ではあるのだが、空間は赤黒みかかった暗さが漂い、先程襲ってきたモノと同じ個体の怨霊達が相変わらずまばらに徘徊していた。 しかも通常は奥に路地裏先の風景が見えるはずだが、いつまでも狭い一本道が奥まで続いている様にしか見えなかった。 覚悟していたとはいえ、やはり先刻襲われた場所を目の当たりにすると気味悪さを感じずにはいられず、ハシダはまだこれからなのに焦燥に駆られた。 「なあ、これからどうすればいい」 「わかりますが、お待ちを。副長、どっちだい」 焦るハシダをクフィが制止し、エフに視線を向ける。 「ええ、ひとまず周辺のスキャン完了。出口はわかりました」 エフは目をつむりながらそう言うと、目の前の空間に簡易的な地図とマーカーが描かれた映像を表示させた。 その途端近くにいた、人が溶けた様などす黒い見た目の怨霊がエフに襲い掛かった。が、メルカがそれを拳で吹き飛ばした。 それをきっかけに、また数体の怨霊たちがメルカに襲い掛かるが、いつの間にか両手に拳銃を装備したメルカが容赦なく怨霊達に弾を撃ち込む。すると、たちまち怨霊達は淡い光を放ちながら溶けてなくなっていった。 「ああと、言い忘れていましたが、彼女は前衛をつとめます。サポートと後衛は私とクフィで。クフィ、マップを」 エフが前に映していた画面をクフィの前まで移動させる。 一連の光景に只々仰天するしかないハシダ。先刻自身が襲われたときは為す術がなかった存在を、こうも簡単に屠る光景を目の当たりにしては、見守るだけしかできなかった。 「どうも出口付近に強力な存在がいる様ですが、何かがわかりません。偵察お願い出来ますか。約600メートル先」 「はいよ副長。ここはまかせた」 エフの指示にクフィはそう返答すると、背中付近に翡翠色で光る三角状の翼らしきものを生やし、数メートルの高さまで浮遊してから道の奥へ飛んで行った。 「さて、驚くのも無理はないですが前に進むしかありません。ゆっくりでいいですので、ついて来て下さい。歩調は合わせます」 ぽかんとしているハシダの方を向きながら、メルカが真剣な面持ちでそういいつつ前進を促す。 突然、後ろからハシダの肩を軽くトントンと叩き、 「後方はお任せを。大丈夫です、万事何とかなりますって」 と言いながらいきなり笑顔で両手を前にサムズアップしてくるエフ。そう言われてハシダは困惑した顔となっている時点で、心境が察せる。 刹那、後方から二、三体程また怨霊達が呻きながら迫ってきた。 エフはとっさに振り向くと、左わき腹につけた小型ポーチから一本の手のひらサイズな金属棒を抜き取り、そのまま怨霊達の方へと放り投げた。 すると、怨霊達の目の前で金属棒が空中に浮かんだまま留まり、そこに赤く光る方形状の幾何学模様が表示されると、模様より火炎が噴出された。 怨霊達がその火に包まれると、小さい悲鳴を上げながら淡い光を放ちつつ消え去ってしまった。 模様が消えて浮いている棒の方にエフィが手をかざすと、棒はその手に吸い付く様に戻ってきた。 「ね、私でもこの位はやれますし、とりあえず任せてください」 「いや…わかった」 最早ここまで来たら任せる以外にどうにもできないと、気を引き締めるハシダであった。 少しずつ出口の方向へと足を進めつつ、怨霊達を撃退していく一行。しかし、近づいていくほど出没する怨霊達の数が増えていった。 と、クフィが戻ってきた。 「出口の場所、確かに厄介な奴がいるね。怨死人(えんしびと)。異界の原因もおそらく」 「偵察お疲れ様です。わかりました、なんとなくそうとは思いましたが」 「なんだ…そのシビト何とかというのは」 クフィの報告に、顎に手を当てるエフ。その光景を見てとにかく状況を少しでも知りたいハシダといった感じである。 「ええ、エンシビトというのは……説明しますが少し待ってください。集合!」 エフが右手を顔の横に掲げ、手のひらを背にして腕を振るポーズをすると、三人はハシダを背にして囲うように集合する。 刹那、エフがまた金属棒を数本取り出すと、周囲にばら撒く。金属棒は四人を囲う様に、四方の目の高さ程で均等に配置されると青白く光りだし、透明な壁を作り出した。 怨霊達はその壁に阻まれ、こちらに入って来られない様である。 「ハシダさん、なるべく手早に説明します。あと200メートル程先が出口なのですが、実は怨死人という存在がそこに居て邪魔をしています。簡単に言えば、こいつが怨霊達を引き寄せて操っている元凶で、これを何とかしないと現世に戻れない状況です」 エフがそのまま話を続ける。 「私達はこれからそいつの注意を引きますので、その隙に出口からあなたを帰らせます。ここまではいいですね」 ハシダが素直にうなずく。 「その際注意してほしいのですが、怨死人の方は見ないで出て行ってください。出口は直線上にあるので、このまま真っ直ぐ行けば抜けられます。また、ここからはクフィがあなたを抱えて移動します」 そう説明している間に、出口側の怨霊達が塊の様に道一杯に密集している状態になってしまっていた。 「では、メルカが今から道を作りますので、それを合図に行きますね。姐さん砲撃準備。“炎射”やります」 「承知しました」 エフの指示にメルカが応答すると、右手の拳を前に突き出す様な構えをする。すると、右腕の外側すぐの空間上に約180cm――彼女の身長程の長さで自身の腕より一回り大きい、黄色く光る筒が生成された。 それを合図にエフはまたポーチから一本の金属棒を取り出し、それを握って何かを唱えると 棒が赤く光り出す。そしてメルカの筒の後方にそれを差し込んだ。 「はいはい浮いた状態で失礼しますね」 「うわっ」 二人の一連の行動の間、クフィはハシダの裏に回り、両肩に手を添える。すると、ハシダ自身も淡く翡翠色に光った状態で浮き上がった。 「装填確認。発射可能です」 「じゃあ一発いきますか。砲口先結界開放! 射出!」 エフのその掛け声の直後、筒の先から赤く光る棒が放たれる。 回転する棒は人が走る程度のゆっくりな速度で前方に移動する。ただし、側面から猛烈に炎を噴射して前方の怨霊達を残さず殲滅していきながらである。 メルカの作成した筒は発射後、すぐさま空間から消えた。 一行はすぐさま炎を吐き出し続ける棒に先導される様に、二人は走り、もう二人は浮きながら前方へ進むと、目の前に一人の人間らしき存在が立っているのが見えた。 その存在に炎の棒が当たろうとするところで、その人間? は手で軽くそれを叩き落としてしまう。棒からは光を失くし、炎も消えた。 刹那、メルカが全速力でその存在に対して駆け込み、黄色い光をまとわせた拳を一発振るう。 人間らしき存在、つまり怨死人は左肩に受けた衝撃で、背中まで伸びた黒髪をのけぞらせながら、二、三歩程よろめいた。 ちょうど、その後方に人ひとりが通れる空間の歪みがみえた。 「あそこが出口です、ハシダさん突っ込みますよ」 「うおっ」 クフィがハシダを抱えたまま速度を上げる。 ハシダは思わず衝撃で呻き、一瞬だけ怨死人を視界に入れてしまう。 それは既視感のある存在だった。見覚えのある顔に、服装。忘れもしない、間違いなく彼女だと。 「ゆ、ユイ! は、離してく」 「駄目です」 ハシダはもがくが、クフィがそれに対してもびくともしない。 そしてとうとう、騒いでいるハシダを出口へ強引に投げ入れた。 ハシダが前のめりに突っ伏す。そのまま前方を見上げると、いつもの夏の夕暮れの路地裏だった。路地裏の先の風景もちゃんと見える。 だが、それよりも気が気でない状況。すぐに起き上がり後方を見ると、人ひとりのサイズだった空間の歪みがどんどん小さくなっている事に気付く。 「ま、待ってくれ、彼女は! ユイ、俺だ!」 だが、無情にも見る見るうちに歪みは小さくなり、ついには完全に消えてしまった。 絶望の表情を浮かべるハシダは、膝をつきうなだれるのであった。 いっぽう舞台は異界へ、クフィがハシダを投げ入れる所まで遡る。 無事、ハシダを出口へ投げ入れたが、横から怨死人に殴られてしまい、横の壁の方まで吹き飛ばされてしまう。それでも一応、側面の壁にぶつかる前に姿勢を整え、辛うじて衝突は免れた。 その光景を見届けずに、エフはすぐさま左手に握っていた数本の棒を出口へ放り投げる。すると、棒は出口の周囲を囲む様に配置され、青白く光り出すとどんどん出口が縮まり、最終的に出口が塞がった。途中、ハシダの声が聞こえて来た様だが無視をする。 「ガアア、なぜ、何故せっかく会えタノニ、邪魔をすルの!」 怨死人が頭を抱えながらそう叫ぶ。一見美人な女性に見えるが、ぼろぼろのワンピースから見える肌は、所々皮膚が剥がれ落ち腐っている様が見てとれる。 怨死人とは、強い怨嗟を持った状態で死んだ者が、時折霊魂が死体から抜けずにそのまま怨霊化した妖であるとされる。怨恨による何らかの力により、死体を動かしているという。その力は常人離れしており、何らかの術を使用する。 「ハシダユイさん、申し訳ありませんがあなたはすでに現世の理から逸脱しています。といっても、通じる理性はもはや無いのでしょうね」 メルカが喋りながら数歩後ずさり、両手に拳銃を持って構える。 「ドウシテ、ワタシダけがコンナめニアワナイといけないのオ! アアアアアア」 怨死人は発狂し、肉体にどす黒い液体の様な物がまとわりついた。すると、手から腕と同じくらいの爪が伸び、口は裂けて獣の様な牙を生やし、肉体も一回り大きくと、もはや異形と化していった。 メルカが数発弾を撃ち込む。しかし、すべて異形に当たる寸前の所が白く光ったと思えば、弾はそこで止まって地面に落下した。 「おっとこれは。早々に手を打たないと」 エフが緊張の面持ちで呟く。その刹那、異形の周囲に赤く光る球体が数個浮かび上がり、そこから火の玉を全員に放ってきた。 メルカが咄嗟に左腕を顔の前に出すと、その前に体の前面を防ぐ大きさの黄色く光る盾の様な物を作り出す。エフもメルカの後ろに回り、攻撃をやり過ごそうとする。 クフィは上に逃げて回避し、メルカ達も盾によって火の玉は弾きかえせたが、着弾した周辺から炎が燃えあがってしまう。 クフィが空中から燃え上がっている場所に対して緑に光る霧を散布させる。すると、ある程度炎は収まったが完全には鎮火せず。 「ベクトルシルトに赤マナまで使うとは。興味をそそられる存在だが」 クフィがそういう口調からは、やや複雑な心境がうかがえる。 簡単にいえば、ベクトルシルトは衝撃力を光や電磁波に変換するシールドの様なもので、それでメルカの弾を異形が防いだ。また、マナはいわゆる魔法や呪術的な力を使うためのエネルギーの様なものである。 しかし、怨霊の上位互換ともいえる程度である怨死人がそんな能力達を扱えるのは非常に珍しい事例だった為、クフィは疑問と興味、そして嫌な予感を抱いているのだ。 エフは仮面を身に着けると、仮面の目が赤く光る。形状は能面の黒色尉に多少似ているが、もっとメカニックな印象を受ける。 「やはり。首元に赤のマナソリッドが埋め込まれています。そこを集中攻撃して破壊すれば。クフィ」 エフはそう言うと、クフィに金属棒を一本投げた。 「了解だ副長」 クフィは金属棒を掴むと、顔の前に近づけて念じ始める。 その間、また赤い球体達が激しく光り出した上、怨死人は爪で何度も引っ掻こうとする。 それに対し、メルカは爪攻撃を盾で受け流し続ける。エフは球体に対して金属棒を飛ばし、印を結ぶと棒が球体に刺ささり、球は霧散して棒に吸収されていった。 「充填完了した。姐さんパス」 クフィの声に呼応して、メルカが盾を構えて体当たりして怨死人を後ろによろめかせる。その隙にクフィが投げた金属棒をメルカが受け取った。 今度はクフィが両腕をハの字に広げる。すると、背中の方から大量の緑色に光る手の平程な扇状の刃が大量に射出され、怨死人に向かって飛んでいく。 刃達は怨死人に当たる寸前で悉く光の膜に当たって消えていくが、最後の二枚程だけ腕に当たり傷をつけた。 「すみません、我慢してくださいね」 そう言いながら、エフがすぐさま再び印を結び唸る。すると、浮遊していた金属棒達が怨死人を囲む。棒達の前にそれぞれ赤く光る幾何学模様が浮かび上がると、そこから紐状の光が伸び、怨死人をそれが縛り上げた。 メルカの右手の甲に、拳大の筒が生成される。そこに先程受け取った棒を差し込むと、怨死人に飛び掛かった。 拳を相手の首元目掛けて振り抜く。それが当たった瞬間、首元に棒が差し込まれると、そこから全体に掛けて怨死人の肉体が凍り付き、首の後ろから赤い宝石の様な物が砕けて飛び散った。 ゆっくりと後退するメルカ。エフは拘束を解くと棒達を呼び戻して回収した。 クフィも二人のそばに着地すると、周囲の火を例の霧で鎮火させた。 「ひとまず抑え込んだのじゃな」 一向が走ってきた方向から、そんな台詞でやや甲高い声が聞こえたかと思えば、そちらから一人の少女が歩いてきた。 肩まで伸びた青紫の髪に、巫女服に身を包んだ姿で、クフィよりさらに小柄に見える。ただ、頭に狐耳を模したと思しき白黒のメカニックなヘッドセットらしい物を装着しているのが目立つ。 「あっはい、隊長。そちらはどうなりましたか」 「ん、おおよそ解決できそうじゃ。さて、後は任せておくれ」 エフの質問にそう答える少女は、氷漬けとなっている怨死人に手をかざす。すると、その肉体から青白い炎の様な物が抜け出てきた。 「ハシダユイさん。あなたの恨みは我々が晴らしてしんぜよう。犯人には因果応報というものを教えてやるでの。詳細は別の場所でな」 少女がそう答えると、炎は少し間を空けてから、強く数回ほど輝いた様に見える。 「さて、皆、お疲れ様。空間の調整が済んだらゆっくり休んでおれのう」 「エイラ殿、この後はどうするつもりだい」 「大丈夫。犯人には相応の報いをうけてもらうさね」 エイラと呼ばれた少女がクフィの質問にそう答えると、三人の付近に向けて手をかざす。すると、そこに白い空間が見える、人ひとり通れるほどの穴が開いた。 「いや、もう一つ……」 「そちらは今はわからんのでな。考えても仕方ないじゃろうて。そなたも素直に休みなされ」 エイラの回答に、クフィははぁ、と呟くしかなかった。 その後、すぐさままた別の場所に空間を移動する穴を作ると、エイラは氷漬けの死体に手をかざした。すると、死体は浮き上がり、ゆっくりと穴へと移動した。 また、エイラと魂もその穴に入る。 「では、あまり悩まんでな。結果は後程報告してあげるでの」 エイラは手を振りながらそういうと。その穴は閉じてしまった。 クフィが疑問に思っている事、それはマナソリッドという物質が首元に埋まっていた事である。 マナは通常、異界や幽世側に豊富に漂う気体物質なのだが、何らかの事象や方法で凝縮して固体化させる事が出来る。それがマナソリッドと呼ばれているものである。 しかし、異界で自然的に生成されることはめったになく、人工的にはとある技術を用いることで生成することが可能であったりする代物なのだ。 つまり、今回の事件は何者かの介入または利用している存在の可能性が……。 「まあ、今はいいか」 クフィは現状でいくら考察しても答えは見つからないと悟り、考えるのをやめた。 「さて。調整作業始めますか」 仮面を既に外していたエフがそう言い、付近に開いていた転送穴に一度入ると、手のひらサイズの黒色の球を何個か抱えてまた出てきた。 その球を地面に置くと、一個は先程ハシダが脱出した位置のあたりに転がり、他は反対のここまで走って来た道の方へ飛んで行った。 三人は転送穴に入り、辺り一面が白い空間へと戻る。 エフの目の前に半透明の画面が表示され、そこに対して手指で何らかの操作を行う。少し経過すると、穴から先程設置していた玉たちが戻ってきた。 その後すぐ、転送穴は閉じて消えた。また一つ、異界は消えて元の現世と幽世に戻ったのであった。 「調整完了。じゃ、ひとまずはお仕事終わりですね」 エフが二人がいる方に振り向く。そこには、白い空間に六畳程のカーペットが敷かれ、ソファとテーブルが置かれた、壁が二面程しかない部屋があった。それはまるで、舞台装置やテレビのセットの様にも見える。 その中に、二人はくつろいでお菓子やら飲み物を広げていたのであった。 事件報告 ハシダ夫妻 原因など 今回の事件は妻のハシダユイが行方不明となった事から始まる。 ある日、夫のハシダシゲオが仕事を終えて自宅へ帰宅するが、いつもその時間にはいるはずの妻がいなかった。 警察にも捜索願いを出したり、自分でも心当たりのある場所を調べたが、数日経っても見つからずにいた。 原因は失踪したその日、たまたま異界となった所と同じあの路地裏にハシダユイが通りがかった時、二名の男性に拉致され、少し離れた山林部で性被害の上絞首により殺害されたためである。 犯人達は死体を処理する準備の為、一時そこを離れたが、戻ってきた時には遺体は消えていた。 実はこの時夫に会いたいという強い思いと、犯人達の強い恨みにより、怨死人になりかけていた。 そして夫がそこを通るであろう時間までに例の路地裏まで自力で歩いてたどり着いたはいいが、そこで夫が別の女に言い寄られている上に接吻までしているのを発見してしまった為、裏切られた思いから完全に怨死人となってしまったのである。 犯人 現在特定している犯人は三名。 ハシダ夫の部下で彼への好意が抑えられなくなり、何度も言い寄っているがうまくいかず、その原因である彼の妻のハシダユイへの殺意と排除意識から半グレの知人二名に殺害を依頼したアラタ。 金で依頼を受けた実行犯のサトウとイトウ。 対処など アラタに関しては、既にハシダ夫が異界へ連れ込まれる前日に、ユイが異界へ引き込んで悪霊達を使い、自分と同じ経験を繰り返しされる幻覚を見せる呪いをかけていた。 こちらは今回の事件の直前にエイラが発見して対処に入っていた。 結局、悪霊は払うがそのまま呪いは解かず現世へ解放した。ハシダ夫曰く、失踪後何日かしてから離れの山林部で遺体で発見されたとの事。 実行犯二名に関しては、アラタ殺害容疑で逮捕された後勾留されるが、留置場で病死と発表されている。 三名の霊魂に関しては、隊長のエイラが統括のヤタ様と相談の上、しかるべき処罰を行う予定。 ハシダ夫には全ての事情を報告済み。一応、ハシダユイの霊魂に別れの挨拶をする時間は設けた。何を話したかは私も知らないところ故、想像に任せるとする。 その後、ハシダユイも無事に幽世へ帰した。実質殺害したのはアラタのみである為、あちらでも情状は酌んでくれるといいが。 謎 ハシダユイが怨死人となった後、首元に存在していた赤のマナソリッド。 異界での自然生成は稀であり、人工的に生成されたものを埋め込まれた可能性が高い。 実際、ハシダユイの霊魂にエイラが当件に関して質問したところ、何者かの声で復讐できる力の提供を提案され、それに乗ったらしい。ただし姿は見ていないとの事。 尚、この事件が発生していた同時期に、我々の組織への侵入事件があった模様。そちらはヤタ様が対処されており、侵入者の妖は捕えたが自爆して消滅してしまったため、相手の組織までは不明の状況である。 今後の動向に注意をしたい。 総括 今回の事件は恋愛と怨恨が絡み合った偶発的な事象にみえるが、それを利用して組織への介入があったので全て意図的に発生させたとすら思えてきてしまう事件だった。 もしかしたら今後、我々の面倒事が増える様な事態が発生する可能性があるのかもしれない。予断は許されない状況にあるのだろうか。 書者 ファイエフィ 「副長、できたー?」 例の六畳リビングセットのソファにもたれ目の前の画面に唸っているエフに、横に座るクフィがイチゴ味のチョコバーを嗜みながら聞いてくる。 「んー。まあ、出来たってことで」 エフがそういうと、画面を片手で軽く払う。すると、画面は明後日の方向に飛びながらフェードアウトする様に消えた。 「じゃあ、ヤタ様が呼んでるので行こうかね」 クフィが遠くを見ると、そこには木製の引き戸らしき扉の前に立ちこちらを見つめるメルカの姿があった。 そちらの方に歩み寄っていく二人。数歩進んだ後、エフがリビングに向かって左手をかざすと、セットは床下にせり下がった。 扉の前に並ぶ三名。すると、引き戸がゆっくりと左右に開かれるのであった。 つづくと吉